荒浜小学校震災遺構 [その他]

竹富島旅行の写真整理に手が付けられず、放置していた時間をちょっとだけ巻き戻してみたいと思います。
今年のGW、もう2か月以上も前ですが、仙台の実家に帰省したときのこと。
東日本大震災の震災遺構として残されることになった荒浜小学校を訪問して参りました。

仙台は私の地元。到着したその日に、仙台空港近くに住む友人に会う予定があったので、わざわざ成田空港から空路で仙台入り。飛行機で東京から仙台に行くなんて、これが最初で最後でしょう。
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何十年ぶりかの仙台空港。ずいぶんと綺麗になりました。
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空港まで出迎えてくれた友人と食事の後、荒浜小学校へ。
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外観はずいぶんと綺麗に見えましたねぇ。

東日本大震災と震災遺構の説明。この写真だけは、クリック頂ければ大きなサイズでご覧いただけます。
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2階のベランダ。無残にも破壊された柵と青空とのミスマッチ。
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1階の教室の様子。
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破壊された柵から見える景色。
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各階には様々な説明があります。
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な~んにも無くなってしまった荒浜地区。昔は家と防風林が立ち並び、海など見えなかったのです。
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裏手のドアはそのままの姿をさらしていました。
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未だに住人は戻ってきていないようです。
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深沼海岸。小学~中学生の頃は良く泳ぎに来たものです。昔から波が荒いと言われていましたが、この日は穏やか。この海が襲ってきたんですね。
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荒浜小学校は、私が通っていた小学校と近く、ここで体育大会を行ったこともあるし、なによりこの辺りは海にも近く、絶好の遊び場でした。
時間が経つにつれて記憶は薄れていきます。荒浜小学校が遺構として残ったのは良かったと思いました。

地元の友人は元気一杯。
イチゴ狩りに連れて行ってくれたり、大変なおもてなしを受けました。親友の存在はありがたいものです。
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最近の九州の大雨や、熊本・阿蘇の大地震のことも、忘れてはなりませんね。

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